佐々木 環

我々の目標

 2023年3月22日、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)決勝で日本はアメリカを破り、3大会ぶり3度目の優勝を果たしました。幾重もの危機を乗り越え、勝利を掴み取った日本代表の勇姿は、世界中の子供たちに日本野球の素晴らしさを伝え、野球選手になる夢を与えました。
 決勝戦前のmeetingにおいて、大谷翔平選手は“憧れてしまっては超えられないので、僕らは今日超えるために、トップになるために来たので。今日一日だけは彼らへの憧れを捨てて、勝つことだけ考えていきましょう。さあ、行こう!” とチームを鼓舞しました。

腎臓内科学の分野においても、研究や臨床情報の中核をなしてきたのはアメリカであり、多くの研究者達がその憧れの場所での活躍を夢見てきたことも事実です。我々の教室からも、何人もの優秀な人材が留学しました。
 彼らは今、「研究マインドを醸成し、医学研究の分野において貢献することを志に活躍する研究者」であり「臨床医学の現場においても卓越性を有する臨床人」、すなわち、「患者さんから信頼される豊かな人間性と幅広い守備範囲の知識・技能を兼ね備え、実践に根ざした全人的医療ができる“良医”」になるという目標に向かい日々精進しています。
 我々は、「腎疾患という難病に対峙する最強のチーム」として、一人一人が憧れを超えた存在となることを目指しています。

腎臓・高血圧内科

 腎臓病の成因、臨床的意義は大きく変貌しています。かつては腎臓病の最も忌避すべき結末は腎不全への移行でした。ところが、近年は軽度のアルブミン尿・蛋白尿、腎機能障害の存在は、遠い将来の腎不全リスクである以上に、近い将来に生じうる脳卒中、虚血性心疾患、心不全などの心血管病、認知症などのQOLを低下させる病態と強く関係することが明らかになっています。

 なぜでしょうか?腎障害の成因そのものが短期間の間に変化したです。末期腎不全の原因疾患は、かつては圧倒的に慢性糸球体腎炎でした。この30年間に糖尿病が激増し、それを反映し1998年以降、糖尿病が腎不全の第一の原因疾患となりました。動脈硬化を原因とする腎硬化症も腎不全の原因疾患として増加しています。

 しかしこれとて氷山の一角でした。この周辺に腎不全には容易に至らず、高率に心血管病を発症する膨大な数の一群が出現したのです。今日、慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease:CKD)と呼んでいる病態の主体はここにあります。CKDの成因には、耐糖能障害・糖尿病、肥満、メタボリックシンドロ-ム、高血圧、喫煙、加齢が関係しています。

疾患の成り立ちを“遠い眼”で洞察する

 慢性腎臓病増加の背景には、日本人の生活習慣の変化と高齢化が関与しています。「生活習慣病」の原因を我々はもっぱら過食と運動不足、すなわち自己責任に帰しがちです。それはむしろ表層的な理解ではないでしょうか。心臓、膵臓、腎臓等の重要器官は生後の外界環境に最適化すべく母胎内で形成されます。戦中・戦後の乏しい栄養環境で母体内を過ごし、出生後に想定外の豊かな社会の到来を迎え、その結果「生活習慣病」に脅かされているのが、現代の中高年世代ではないでしょうか。我々が現在、享受している豊かな社会を築いたのが、この世代の懸命な努力であることに思い至れば、その不条理性を思わずにはいられません。

 我々はこの不条理に挑戦し克服したいと強く願っています。眼前の事象だけでなく、日本人の生活史に深く根ざした疾患の成り立ちをも洞察したい。そのような力を有するPhysician Scientistでありたいと願っています。

 志を共有する若者達の参集を願っています。